ランの産地化は崩壊した。
 Cymbidiumのメリクロン苗生産が我が国ではじまったのが昭和43年頃から・・・。
 宇井清太が苗1本 60円から100円で販売した。
 この衝撃的な苗の価格は、ランに農業生産方式を導入し、産地化して市場出荷を可能にした。
 これを可能にする技術として、昭和43年にCymbidiumの山上げ栽培の基礎理論を、
 宇井清太は完成させた。
 その当時、秋の到来の早い寒い場所で、洋蘭栽培していたのが宇井清太のみであった。
 愛知県のような暖地より、同じ品種でも宇井清太のところが開花が早いことがわかったからである。
 この開花習性を積極的に・・・もっと標高の高い山に上げれば・・・2月、3月開花する品種も、
 最も需要の多い年末に出せる・・・。
 そういう発想であった。
 その当時、洋蘭栽培は、株が「資産」であったから、鉢ごと売る栽培は余剰株のみであったが、
 野菜苗と同じ価格のメリクロン苗と・・・・山上げの技術を組み合わせれば・・・・
 シクラメンと同じように・・・・Cymbidiumの鉢物専業のラン経営が可能になる。
 夢があった・・・・!
 それが実現したのは昭和48年頃、本格的になったのは昭和52、53年ころからである。
 それまでは、中型Cymbidiumが・・・主な鉢物品種であったが、
 三浦氏の選抜したマリリンモンローが出荷されると・・・・大ブレイクした。
 山上げの技術は数年間秘密の技術であったが、この技術が解明され、
 誰でも・・・・年末に開花させることができるようになり、
 胡瓜、トマトと同じように・・・・Cymbidium鉢物は産地化されることになる。
 メリクロン苗を仕入れ・・・3年育成し山上げ・・・年末に出荷。
 非常に単純化された技術で経営され市場に同じ品種が大量出荷され、
 店頭に並び・・・消費者が購入、大手デパートのカタログショッピング誌で贈答用に販売される。
 つまり、一般農産物と同じ・・・・。
 この、システムは・・・・宇井清太は非常に危険なものと感じていた。
 市場の持つ冷酷を・・・需要と供給の冷徹な仕組みを知っていたからである。
 このバランスが崩れたとき価格は暴落する!!!!
 そしてメリクロンから撤退する。
 しかし、日本には突如としてバブルが起こった!
 日本中がバブルに酔いしれた。
 ラン市場も酔いしれた。
 高い鉢物のCymbidiumは売れに売れ大量生産、大量消費の市場は
 絵に描いたように上手く構築され、この流れの中で、ランの本も売れ、多く発行された。
 こういう時代の流れに上手く乗ったのは中部、関西・・・である。
 他の農産物のように・・・大量出荷で市場を覇権する。
 そういうことで・・・・
 宇井清太の危惧は的中しなかった!
 バブルは・・・洋蘭の鉢物を・・・熱狂させた。
 バブルは永遠に続く・・・・。
 このCymbidiumの産地化成功は、他のラン・・・コチョウラン、デンドロ、その他のランも、
 Cymbidiumのモデルを・・・導入することになる。
 しかし・・・バブルは崩壊。
 Cymbidiumの鉢物の需給バランスは一気に崩壊。
 宇井清太の危惧は不幸なことに的中した
 その後は次々に冷徹な市場原理の中で次々に産地は消滅した。
 メリクロン苗メーカー 植物特許・・・鉢物生産・・・市場出荷・・・・売上代金・・・・苗メーカー・・・・
 この循環は、市場価格が再生産できる価格であることが絶対の条件である!
 苗メーカーに支払うカネが取れない市場価格になった時、
 この循環は崩壊する。
 あまりに簡単にこのシステムは崩壊した。
 市場というのは本当にコワイ。
 家電ではシャープ。
 世界の頂点に立った亀山モデルが・・・2年も経たないで奈落に落ちた。
 これが、ラン界も全く同じ。
 コチョウランと液晶テレビは全く同じ状況である。

 ランは・・・品種改良しない人をラン作りとはいわない!
 オリジナル品種を持たない人は・・・・打つ手がない! 
 品種は直ぐに飽きられるからである。
 食べ物の野菜、果物と・・・ランの違いである。
 
 それからの日本は、失われた10年。
 その後のリーマンショック。

 そういう経済環境の中で、次々に品種を食いつぶして急場をしのいできた。
 素晴らしい品種も作出されない。
 優れた交配親を持たない場合は、いくら交配しても似たような花しか生まれない。
  以前のようにラン界を牽引する品種は生まれない。
 原種もめぼしいものは食いつぶした。
 カネになるような原種は・・・・あとどの位残っている????・
 ラン展もマンネリ。
 本当に・・・ラン界は・・・資産を食いつぶしてきた。
 日本の今の状態では・・・バブルの時のようになることは想像しにくい。
 そして、一度暴落した価格が、元のような価格に・・・なかなかならない。
 枯れるランに・・・・消費者はカネを出さない!
 つまりランの業者は、ラン友会、愛ラン会の会員に売っただけでは成立しない。
 ラン友会が開くラン展にコバンザメ商法で・・・・一般人に鉢を売る!
 問題は、ここで売るラン鉢。
 過去に膨大な鉢が売られたのであるが・・・・・
 それが・・・ほとんど枯れる。
 愛ラン会のメンバーは増加しない・・・・・。
 全国どこも同じ状況。
 ホームセンターの存在は・・・・ラン界にも大きく影を落とす。
 ホームセンターという商売は・・・・ランの行く末など眼中にない!
 売れるから仕入れるだけの話。
 

 よーく考察すると、普及したのは「消費するラン」であった。
 草花化したランでの経営は難しい。
 成立しないところまでになっている。
 非常に簡単に洋蘭の産地化生産は頓挫した。
 枯れるランに・・・・現在は高いカネを出す人はいなくなった。
 単純明快なこと。
 さて・・・・これから・・・・。

 でも、これから本当の本物が生き残るランが始まる!
 SUGOI-ne。
 21世紀のラン栽培の切り札はSUGOI-neである。
  朝、ランを見ると嬉しくなる・・・・。
    夕方、ランを見ると楽しくなる・・・・。

 SUGOI-neにはラン菌が生きているからである。
 ランが喜ぶラン栽培。

  そして・・・ラン愛好家は、
    自然愛好家でありたい。

 SUGOI-neでじっくり・・・作る・・・ラン栽培でありたい。



  
 
SUGOI-ne
消費上昇
価格安定
消費の低迷
価格下落
植物には一年草と多年草(樹木も多年草)がある。
この違いを材木腐朽菌による炭素循環から考えると、
生命を継ぎ、子孫の繁栄、維持と自生地における養分、光合成が見えてくる。

植物は動いて移動できない!
多年草は同じな植物で永年生き続ける。
なぜ同じ場所で・・・生き続けることができるのか・・・・。
人間が手入れも、肥料も与えないのに・・・・・。
植物は人間より先に地球に生まれた生き物だから、
人間が管理などしなくても自生地では、植物も、動物も生きられるのが当たり前である。

ラン展行ってみて、このようなあたりまえのことすら・・・・・説明しなければならないほど、
現在の植物栽培は・・・・肥料、肥料・・・・である。
自生地を見てみよう・・・。
植物が棲息するに適した環境条件がある場所は、
多くの植物が熾烈な生存競争を行うエリアでもある。
水分、養分、光・・・・の争奪戦が常に行われている。
早春の雑木林。
熾烈な光争奪戦が行われる場所である。
林床の草は・・・・夏は雑木の葉に光争奪戦では勝ち目はない!
熱帯雨林の林床の草は・・・一年中勝ち目はない!

光エネルギーの変換したものが枯れ葉、植物死骸の炭素だから、
価値組みの炭素、負け組みの炭素がミックスされた場所が林床である。


多年草は樹木、ラン科のように草本でも同じ場所何年もいきつづける植物。
競争の激しい中で同じ場所で生き続けるのは大変なこと。
そういうことで、森林ではより大きな巨木を目指す。
そういう競争から最初から参入しないで、他の植物が生存できないような場所で、
生き続けることを選択したラン科植物のようなもの。
砂漠に近いところで100年に一度花を咲かせるような植物もある。
また、朝鮮人参のように、林床で何百年も生き続けるもの。
多様な進化を見ることが出来るが、
この多年草というのは、必ず、新陳代謝を毎年行うことから、
枯れ葉を作り、地上に舞い落とすもの、株に付着したままにするものなど違いがあるが、
共通するのは、必ず枯れ葉を作るということである。
そこには、必ず、この枯れ葉をエサにする材木腐朽菌が生息しそれを分解する。
当然、この場所には、枯れ葉由来の成分が蓄積される。
この成分と、雨水に含まれる成分、土壌に含まれる成分を養分にして、
多年草は生き続けることになる。
植物自生地には人間の手が入っていないから、畑のような収奪はない。
毎年、同じように再生・・・循環が繰り返されいる。
植物自生地の最後の新参者はラン科植物である。
新参者は・・・先輩の良いとこ取り。
最も功妙な生き方を武器に生き残りを図っている。
それが材木腐朽菌との共生である。
この菌をラン菌と呼んでいるが、枯れ葉のリグニン、セルロースを
分解できる能力を持った、枯れ葉さえあれば、地球どこでも生息出きる菌群である。
高分子の炭水化物であるセルロース、リグニン。
これは植物の光合成によって作られた澱粉を原料として作られたもの。
つまり光合成のエネルギーを含んでいる。
だから、枯れ葉は酸素を与えれば燃える。

この化学反応の燃焼の他に、材木腐朽菌が分解して燃やす方法がある。
これが材木腐朽菌による炭素循環である。
どちらも、最後は炭酸ガスとなって空中の放出される。
この過程の中に生産される糖、糖質を・・・・ラン菌を利用して得るのがラン科植物である。
新参者のランは・・・何時も充分な光合成が出来るとは限らないからである。

こういうことを行っているのは、ラン科植物のみではなく、
多年草の多くの植物が行っているのではないか・・・・。
近年そういうことがわかってきた。
光合成+第2の糖調達ルートである。



こういう巧妙な仕組みを、ラン界は切り捨てる栽培を行ってきた。
自生地における高度に構築された生態系を無視する栽培を行ってきた。
150年の間。

ラン栽培が難しいの、この生態系無視の栽培だからである。

ランの鉢栽培。
ラン菌の生息しない用土での栽培。
メリクロンは、この栽培のビジネスを作り上げた。
メリクロンという技術を使えば、ドンドン苗は生産し、ドンドン消費される形態がビジネスになる!
品種改良から、苗生産、製品・・・・一貫生産体制が市場制覇になる。
このとき武器になるのが植物特許、商標・・・・
そういうことで展開している蘭園もある。

苗の大量増殖が可能になったことによって、工業製品、鶏・・・・のように、
多年草のランを・・・一年草のような鉢物生産を可能にした。
つまり、ランを一年草にする考えだから「炭素循環」を削除できる栽培である。
苗から2,3年間は株が若いから肥料で出荷まで栽培できる。
花咲いたとき出荷すればよい。
こういう栽培では、消費され枯れるランだから、ラン菌のことなど考える必要はない!
市場に大量に出荷される産業になっているランのほとんどは、
枯れるから売れるという考えで・・・多年草のランを・・・・生産している。

ここで使用される用土は、出荷されるとき劣化が始まっているから、
消費者が買って上手に作ろうとしても・・・ほとんど無惨の姿になる。
もともと・・・翌年も咲くように考えられて生産販売された商品ではない。
使い捨て!
ランが安くなった!
安くても・・・採算取れるシステムを・・・・構築したところが生き残る!
そういう多年草のラン科植物の進化とは・・・・全く異なる次元の生産。

そういうことで、この講座のラン菌による炭素循環栽培法とは、
正逆の栽培が市場出荷のラン栽培では行われている。
ランが翌年も消費者のところで咲いて欲しい・・・・そんな生易しい時代ではない!
こういう栽培現場では・・・ラン菌が生きているSUGOI-neは必要ない!

でも、菌根植物であるランを・・・・・
そういう出荷して・・・・10年後、20年後も・・・・経営可能なのか????
大量生産、大量消費で使うランの品種。
やがて・・・・皆、似たような花になって・・・・・
オリジナル品種の意味が無くなる!
その時・・・・・低落する価格に・・・・蘭園が・・・・対応出来る????
ランの新品種作るより・・・消費者が飽きるのが早い!

ラン菌の生息しない炭素循環がない用土での栽培は、
ランが枯れて成立する経営だから・・・・次々の新品種を開発投入しなければ成立しない。
植物の育種には、必ず壁が出る。
どこが・・・・限界なのか????
そのランの持つ能力は????
ランの五大属。
最も幅広い能力を持っている!
これを19世紀に見抜いた先達こそ・・・素晴らしい能力の持ち主だった!
その後・・・注目されたランはオンシ、リカステ、オドント・・・・などあるが・・・・
市場性としての能力は????
更に・・・・新種発見という・・・ランは・・・・産業としての能力はほとんどないラン。
育種の壁は・・・・本当に破るのに難しい。
それを破る交配親は・・・・出現するか・・・・・。
現在の日本のラン界は、まさにこの状態にさしかかっている。
ランは多年草・・・SUGOI-neで・・・・何年も咲きつづける鉢でありたい。








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ランの大量生産、消費と
      ラン菌(材木腐朽菌)による炭素循環栽培
      
       メリクロンは多年草のランを一年草にする 
        大量生産、大量消費のランに炭素循環は削除されている 。 
       このことが消費の低迷、価格下落につながっている。
       枯れてしまうランに・・・お金を出さない!


     大量生産 
 ランキン削除コンポスト → 大量消費者   枯れる  




    
大量生産  ラン菌生息コンポスト → 大量愛培者 → 翌年も元気 






  ラン生産はSUGOI-neの開発で上記のような生産システムを構築することが可能である。
  消費者とはランを枯らす人をいう。
  ラン界を隆盛させるには消費者を減らすことである。
  愛培者を増やすことである。